わた原ずっと応援隊!PaperTwitter

> >

サクっと読める「わた原応援隊ペーパーツイッター」原のり子さんの盛りだくさんの「人間力」をお伝えします。
さあ、「わたし誰がなんといっても原さんをずっと 応援し隊!」略して「わた原 ずっと 応援隊 」に あなたも ご参加を


いきなりの質問です。あなたは毎日の新聞を何面から読み始めますか?

私は、もう何十年も最終面のテレビ面から社会面へと読み始めてしまいます。なぜ、一面から読まないのかしら?うーん、もう長い間の習慣になってしまって、そんな理由はいちいち考えていなかったのですが…。やっぱり結論としては、一面のニュースはつまらないからなのでしょう。

普通、新聞の一面には世の中的に重要である政治や経済のニュースが取りあげられます。私にとって、経済も政治も全然おもしろいものではなく、とりわけ政治に関するニュースはまったく身近に感じません。時には政治ときたない金にかかわるニュースも多く、「よくもまあ飽きずに、またやってる!」って感じがしてしまうんです。興味がわかないというよりは、政治は嫌いっ!という思いがどんどん強く定着してしまったのだと思います。

世の中の人たちも、だいたい私と同じような人が多いのではないかしら。特に若い人たち。いろいろな選挙の投票率を見たって、30%とか40%などという数字も当たり前になっていますね。政治や選挙なんて興味ないし!とか、自分とは関係ないから!という潜在的、顕在的な意識から投票に足が向かないっていうのが本音なのでしょうね。世の中の半分以上の人たちが多かれ少なかれそんな気持ちのような気がします。

うーん、その気持ち、よく分かります!

でもちょっと待ってください、私も最近、少しは考えるようになりました。皆がみんな、そうして政治に無関心だったらどうでしょう。私利私欲で日本の政治を動かそうとする一部の政治家の、きっと思い通りの世の中になってしまうのではないでしょうか。

その昔、ある政治家が「政治に無関心な人も、政治に無関係ではいられない」と言っていました。確かに、私たちは政治に無関係には生きられない。いや、そもそも私たちの生活そのものを、政治と関係させていかなければならないのではないでしょうか。

というわけで、前置きが長くなりました。政治なんて大嫌い!と言っていた一市民としての私は、ほんのちょっとのきっかけから原さんをリスペクトすることになったのです。そうして、これからもずっと応援したいという気持ちが乗じて「わたし誰がなんといっても原さんをずっと応援し隊!」を立ち上げてしまいました。ちょっと長いタイトルなので略して「わた原(ずっと)応援隊!」。むつかしい規則やら隊員証などありません。かつての私と同じように、政治なんて興味ないさ!と堂々と言い張って政治にそっぽを向いている人たちに、原さんは私たちみんなの困りごとを丁寧に拾いあげて解決してくれる仕事をしているのだ、ということをお知らせしたいと思ったのです。原さんは、そんな方だから、みんなでこれからずっと応援していこうよ!というのがこの応援隊設立の趣旨なのであります。

さて、そもそもなぜこんな私が、原さんを応援する気になったのでしょうか?原さんの公約や都議としての実績や成果という面は、原さんのブログやパンフレットでいろいろと紹介されています。ここでは、そういう切り口ではなく、私の心を揺らしこんな大胆な行動に駆りたてた「人間・原のり子」としての力の一面をひも解いて、ご紹介させていただくことにいたします。

原さんと初めてお会いしたのは、もう何年も前のことです。何かの講演会でお会いし、帰りがけに出口で握手をさせてもらいました。その時、まあ何て小さなかわいらしい手なんだろう!と感じました。しかし、その小さな手に、何かとてつもなく熱いエネルギーを感じたのです。そんなことがあって以来、原さんのことがいつも頭の片隅に引っかかり気になるようになったのです。

それからしばらくして、世間で第3波の新型コロナが蔓延していたころです、東久留米のイトーヨーカドーでお買い物中の原さんとバッタリお会いしたんです。と言っても、原さんは私のことなど覚えてないだろうと思いつつ、まあご挨拶だけでもと。そうしたら、驚いたことに原さんは挨拶もそこそこに、私の勤務先の施設で利用者さんに新型コロナの感染者が何名も出ていることなど実に詳しい情報をご存知で、あれこれと心配していただいたんです。おまけに励ましのあたたかいお言葉まで!

政治嫌いで、議員とか政治家などというものは、どこか遠い地の存在のように思っていた私ですが、こうして私の身近な問題を細かく心配してくれる原さんに、すっかり認識を変えさせられてしまったのです。原さんは、私たち市民の生活に寄りそい、生活に直結する問題や課題を一緒に考えてくれている人なんだ、と直感的に感じたのです。そして、こういう人こそが身近な政治の場にいなくていけない人であり、これからもずっと絶対に政治をつかさどる仕事を続けてもらわねばいけないのだ!と考えるようになったのです。

そんな経緯もあって、今回勝手に「わた原(ずっと)応援隊!」を結成したのですが、わざわざ「隊」などにしたのは、より多くの人たちに原さんの人間的な力を知ってほしいし、そこからまたさらに連鎖的に多くの人たちに原さんの理解と応援の輪が広がってほしいと思ったからです。

そして、もっと原さんの人間的な力を知りたいと思った私は、ついにお忙しい原さんに単独インタビューをお願いし実現させてしまったのです!短い時間でしたが、講演会などではお聞きできないようなお話をお聞きすることができ、またまた原さんの人間性にひかれてしまったのです。以下にそのインタビュー内容をダイジェストでご紹介します。


原さんは、30代初めの頃3人目のお子様を出産した直後に、どうしても子育て中の女性を東久留米市議にということで立候補のお誘いがあり、最初はお断りしたのですが最終的に出馬を決意。そして見事に当選、というのが議員生活の始まりでした。立候補を決断した動機は「市民の声をリアルタイムで市政に反映させたい」と強く考えたからだそうです。

3人目のお子様を出産した直後の議員生活なんて、とうてい私には想像も出来ませんでした。普通そんな時は、なりふり構わず育児に没頭せざるを得ませんよね。ましてや、市議会議員などというハードな仕事をするなんて、とても考えられません。

これについて原さんは、『夫の協力もあって、議員の仕事が出来たのだと思います。日曜日は、家族全員がそろって楽しむ日と決めていました』、とサラッとお答えになっていました。さらに、『そんなに大変な市議の仕事というイメージを与えたら、自分の後から続く議員希望の女性たちがいなくなってしまいますから…』とも言っていました。その市議の仕事を5期18年も続けたというから驚き。強いっ!

市議会議員なりたての頃、農業委員の担当となり、ただでさえ保守的な農業関係の方々の人間関係にずいぶん戸惑ったとか。多分若い、新米の女性議員だからということで、日本人特有のバリアにさえぎられてしまったのだと思います。そんな時、原さんは、「苦心(くしん)惨憺(さんたん)してその壁を乗り越えた」のではなく、原さんが持っている人間的なやさしさと自然体でそんな人たちの輪に溶けこんでいったというのです。そして、今まで知らなかった世界の人たちの考えや運動を、議員になれたからこそ知ることができたこと、その問題や課題を政治に結びつけ解決してきたことで、ご自身も人間的な成長ができたと語っていました。

さて、そうして次に都議会議員としての活動が始まりました。ここでも、やはり女性の初当選議員として「洗礼」が待っていた。政治の世界によくある、なれ合いや悪しき慣習で議事を進めようとする側近のベテラン官僚たち。彼らに取り囲まれ、予定していた議会での発言に恫喝まがいの圧力をかけられた。しかし、ここでも原さんはひるむことなく、しかも冷静に対処し官僚たちを抑えこんだということです。そんな話を別に誇るわけでもなく、「すべて自然体で臨んでいます」と淡々と語る原さん。思わず私は「鉄の女!清瀬のサッチャー*ですね!」と叫んでしまいました。

*サッチャーは野球の野村元監督の奥様のことではありません。イギリスの元首相(1979~1990)で、強い意志を持った鉄の女と称されました。

短い時間のインタビューでしたが、原さんは上からの目線で語るのではなく、いつものように柔らかい表情でやさしく語ってくれるのがとても印象的でした。原さんは、先生と呼ばれることを嫌います。「政治家の先生」などではなく、いつも市民や都民のそばに寄りそって、そこにある問題や苦しみを解決していこう、という信念が原さんの政治活動の基本だということです。都議会での質問回数が新人議員の中で第1位、すべての都議の中では第6位という実績がそれを証明しています。

いかがでしょうか、くり返しになりますが、私たちは政治に無関心でも政治に無関係であってはいけないはずです。私たちが政治に無関心になる原因は、自分の身の周りにある問題や課題がいっこうに解決されないことから政治に幻滅し、結果として関心が薄れているのではないでしょうか。その無関心は、まさに悪政を敷く為政者の思うつぼで、ますます政治は荒廃していきます。あなたが抱えている問題を、原さんはいつでも聞きたい、そして問題解決のために動きたいと言っています。そうして、皆さんの身の周りから問題をなくし幸せに暮らしていくこと、それこそが本来の政治であるはずです。原さんは、市議会議員に立候補した時から、市民の声を政治に反映させることを強く信念として持ち続けています。その信念は、都議になっても揺らぐことはなくさらに強くなっています。皆さん、こんな原さんをこれからもずっと一緒に応援していきましょう。
「わたしたち、誰がなんといっても原さんをずっと応援したい!」


■編集後記

お忙しい原さんに、1時間のお約束でインタビューをさせていただいてこの「わた原(ずっと)応援隊!PaperTwitter」を書き上げることができました。インタビュー途中で話題に詰まったらどうしよう、期待したお話が聞けなかったらなどと随分緊張しました。でも、お会いした瞬間からいつものやさしい笑顔でいろいろとお話しをしていただき、なにかずっと昔からの知り合いのように楽しくお話しができました。

質問の最後に、まったく私の個人的な質問をさせていただきました。ピアノが趣味というプロフィールが気になっていたのです。ピアノはポピュラーもクラシックも弾かれるとのこと。そして、クラシックならショパンが大好きという話を聞いて、飛び上がるほどうれしくなりました。私もショパンの大ファンだからです。ショパンはポーランドに生まれましたが、祖国を離れた人生を送らざるをえませんでした。ただ、ロシアとドイツという大国に侵略され続けた祖国への強い愛を生涯忘れずに、多くの名曲を作りつづけました。名曲の背景には、ポーランドが抱える国家と人民の悲劇と逆境をはねつけようとするエネルギーが存在するのです。虐げられた人たちへの熱い思いを持っていらっしゃるということで、まるで同志のような親近感を強く感じました。原さん、本当にありがとうございました


原のり子後援会ニュース
わた原(ずっと)応援隊 PaperTwitter

2021年 5 月発行
発行人:相川知雄(連絡先 080 3342 0354)

twitter: わた原応援隊@原のり子都議応援隊


By